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研究内容

異相界面の量子構造と界面物性

社会基盤を支える最新の材料開発では、材料界面を制することが必要不可欠です。

電子機器・コンピュータにはじまり、建物や橋梁、自動車や発電機関などに用いられる材料のほとんどは、単一としてではなく、複数の種類の材料を組み合わせた状態で使われています。これは、それぞれの材料の特性を組み合わせて総合的に高機能化するためです。しかし、そこでは必ず界面が存在します。この界面は、材料システムの性能を良くことも悪くすることもあるため、うまくコントロールしてやらなければなりません。したがって界面の構造や性質を明らかにすることが大切になりますが、異なる構造や性質を持った物質同士を合わせたとき、どのようなことが起こるかはわからないというのが現実です。当研究室では、界面の構造や安定性を決める結合力、その起源となる電荷移行、物質の結晶構造の差異による幾何学的ミスフィットの影響、など、界面機能設計に必要なキーファクターを理論的に明らかにすると同時に、界面に起因した特性との関係を明らかにします。

光触媒で重要な貴金属担持酸化チタンに関する研究成果を図1に示します。触媒材料は有害なガス成分を効率的に無害化するため、環境材料として工業的に極めて重要です。金属酸化物表面に白金などの貴金属原子を担持すると触媒材料特性が向上することが知られており、酸化物表面と貴金属原子との界面における相互作用が、触媒特性を決める重要な因子と考えられています。理論計算と電子顕微鏡観察による研究を行った結果、同じ貴金属原子であっても、金と白金とでは表面吸着サイトや吸着エネルギーが大きく異なり、その起源は、酸化チタン表面上の異なる種類の酸素空孔であることを突き止めました。これは、長年の表面科学研究の中でも、酸化チタン表面上の異なる種類の酸素空孔の存在を指摘した初めての研究成果であり、触媒材料科学や表面科学に一石を投じる結果です。

図1. 酸化チタン表面上での白金原子吸着構造の電子顕微鏡観察およびDFT解析結果同表面上の白金原子は、表面の非対称なサイトに吸着するという特徴的な挙動を示し、それはBasalサイトの酸素空孔の存在に起因することがわかった。一方、金原子はBridgeサイトでの酸素空孔に吸着する。
主な発表論文
  • K. Matsunaga et al., Phys. Rev B74, 125423 (2006).
  • N. Shibata, A. Goto, K. Matsunaga, T. Mizoguchi, T. Yamaamoto, and Y. Ikuhara, Phys. Rev. Lett. 102, 136105 (2009).(関連記事:日刊工業新聞(2009年4月23日))
  • T.Y. Chang, Y. Tanaka, R. Ishikawa, K. Toyoura, K. Matsunaga, Y. Ikuhara, N. Shibata, Nano Lett. 14, 134 (2014)
  • K. Matsunaga, Y. Tanaka, K. Toyoura, A. Nakamura, Y. Ikuhara, N. Shibata, Phys. Rev. B90, 195303 (2014).
  • K. Matsunaga et al., J. Phys.: Condensed Matter 28, 175002 (2016).
  • バイオセラミックスの計算材料科学

    私たちの体の内部構造や、日常生活の基になっている身体活動のしくみにおいて、実は材料科学や電子論が関係しているところがたくさんあります。

    例えば、生体の骨や歯を構成しているのは、カルシウムのリン酸塩の一種であるハイドロキシアパタイトという化合物です。高齢化社会で需要が多くなってきた人工関節や人工骨で主役となっているセラミックスです。しかし、これが生体内環境に置かれたとき、どのような構造変化を起こすのか、もともと体に含まれる骨や歯とうまく結合するのはどのようなミクロな現象が関係しているのかなど、無意識のうちに私たちの体の中で起こっている現象でもきちんと解明されていないことが多くあります。当研究室では、このようなバイオセラミックスに対して、理論計算やそれと連携した実験研究を行い、新しい生体材料の材料科学を確立することを目指しています。

    図1.ハイドロキシアパタイトの結晶構造(上)とCa2+空孔の計算構造(下)

    アパタイトはリン酸カルシウムの一種で、生体内のカルシウムイオン(Ca2+)の貯蔵庫です。神経伝達にも重要な役割をするCa2+が不足したとき、アパタイトから供給されるなど、生体機能と深く関係しています。右図はCa2+が抜けたあとのアパタイト中の原子配列を示し、本研究により、体液中の水素イオン(H+)がアパタイトに侵入することでCa2+の欠損ができやすくなることがわかりました。骨だけでなく歯のエナメル質もアパタイトでできていますが、虫歯ができるときのメカニズムも同様に考えることができます。

    アパタイトは、イオン交換により多様な異種イオンを結晶内部に取り込むことができることが知られています。この図は、Pb2+がCa2+とイオン交換したときの電子密度を計算した結果で、Ca2+周囲には見られない特徴的な電子分布(黄色部分)がPb2+周りにあることが観察されます。計算の結果、この状態にあるPb2+は非常に安定であることがわかりました。Pb2+は生体毒性の高いことで知られていますが、このように生体中のアパタイトに蓄積されてしまうことが毒性の高さと関係していると考えられます。

    主な発表論文
  • K. Matsunaga et al., Phys. Rev. B75, 014102 (2007).
  • K. Matsunaga, Phys. Rev. B77, 104106 (2008).
  • K. Matsunaga, J. Chem. Phys. 128, 245101 (2008).
  • K. Matsunaga et al., Phys. Rev. B78, 094101 (2008).
  • K. Matsunaga et al., J. Phys. Chem. B113, 3584 (2009).
  • K. Matsunaga, J. Am. Ceram. Soc. 93, 1 (2010) [feature article]
  • K. Matsunaga et al., Acta Biomater. 6, 2289 (2010).
  • T. Kubota, K. Matsunaga et al., Acta Bimater. 10, 3716 (2014).
  • K. Matsunaga et al., Acta Bimater. 23, 329 (2015).
  • 無機結晶の転位コア量子構造と特異な力学物性

    我々人類は新しい材料の発見とのその利用によって大きく進化してきました.長期的視点から見ると,かつて人類は石器と火を使う過程で知能を発展させ,青銅器・鉄器を利用しながら文明を発展させてきました.最近では,軽くて強い性質を持つ新材料が数多く開発されるようになり,文明のさらなる高度化が起きています.そのため,物質・材料に力が加わった際,どのように形を変えていくのか?どのように破壊するのか?といった基礎的現象の研究は,材料分野のみならず幅広い学術分野において非常に重要な課題となっています.

    材料の中でも無機材料は,ほとんどの場合,結晶の集合体になっています.そうした材料の形状変化(塑性変形)を担うのが転位と呼ばれる格子欠陥です.図1に転位の模式図を示します.転位は,その中心部(コア)に規則的な結合欠損を有すると同時に,コアの周囲には弾性的なひずみ場を生じさせます.無機材料の塑性変形はこの転位の連続的な運動によって起こります.したがって,無機材料の強さ・脆さを理解するに当たって,転位の構造と機能を知ることが不可欠になります.

    我々は,転位に関して,構造の原子スケール解析[1-3]とその機能評価[4-7]の先駆的研究を行ってきました.例えば,転位コアの特異な機能を利用して,図2に示すように,絶縁体として知られるアルミナ単結晶(サファイア)に導電性を発現させることに成功しました.この研究では,原子スケールの転位コア量子構造を利用して,既存材料に新しい性質を付与できることを世界で初めて証明しました.

    最近では,硫化亜鉛結晶が完全な暗闇中で金属材料のように異常に大きな可塑性を示すという極めて奇異な現象を発見しました[8].図3にその変形挙動を模式的に示します.光のある環境では従来から知られる通り脆くて壊れやすい性質を示しますが,暗闇の中では大きく塑性変形することが可能となっています.この成果により,これまで構築されてきた物質・材料の変形および破壊のメカニズムを,原子・電子のレベルから再考するという大きな潮流を生み出しました.この研究を基点に,現在も光・電子が転位に及ぼす影響に関する研究を行っています[9,10].

    元素の種類は118個と有限で,それらを組み合わせた化合物の安定構造もその多くが明らかとなっています.そのため,物質・材料研究分野は発展の余地が乏しいと勘違いされることがあります.しかし,物質中の原子よりさらに細かい電子レベル構造に依存して,光や電子などの外場により物質・材料の力学的性質は激変します.光物性・電子物性や力学などの各分野間には垣根があり,それらの中間に位置する研究はあまり進んでいませんでした.我々は,こうした分野間の垣根を越えて,新しい物質・材料の力学物性評価やその応用に挑戦しています.

    図1.転位構造の模式図.転位の中心部(コア領域)では,バルクと異なる特異な量子構造を有する
    図2.粒界におけるTi導電性細線列のSPM電気伝導マッピング像の一例.
    図3.硫化亜鉛結晶の可塑性の光環境依存性.図中に描かれているのは応力-ひずみ曲線.
    参考文献
    • [1] Nakamura et al, Acta Mater., 50, pp.101-108 (2002).
    • [2] Nakamura, Matsunaga et al, Philos. Mag., 86, pp. 4657-4666, (2006).
    • [3] Furushima, Nakamura, Matsunaga et al, Acta Mater., 135, pp. 103-111, (2017).
    • [4] Nakamura, Matsunaga et al, Nature Mater., 2, pp.453-456 (2003).
    • [5] Matsunaga, Nakamura et al, Phys. Rev. B, 68, 214102, (2003).
    • [6] Nakamura, Matsunaga et al, ACS Nano, 7, pp. 6297-6302, (2013).
    • [7] Furushima, Nakamura, Matsunaga et al, J. Appl. Phys., 120, 142107, (2016).
    • [8] Oshima, Nakamura, Matsunaga, Science, 360, pp. 772-774, (2018).
    • [9] Matsunaga, Yokoi, Nakamura et al., Acta Mater., 195, pp. 645-653, (2020).
    • [10] Oshima, Nakamura, Yokoi, Matsunaga et al, Acta Mater., 195, pp. 690-697, (2020).

    結晶粒界のコア構造と粒界物性の解明

    高度な機能性をもつ多結晶材料の創成には、結晶材料内部の界面である結晶粒界を原子・電子レベルで理解し、制御指針を確立することが不可欠です。

    建築物から電子デバイス、発電機関まで広く利用されている金属、半導体、セラミックスといった結晶材料は、多くの場合は複数の結晶粒からなる多結晶です。そのため結晶粒どうしの境界である結晶粒界が存在します。粒界が材料特性に及ぼす影響は、有害・有益両方の側面があり、バルク材にはない特異な物性が発現することもあります。また同じ物質でも、粒界の結晶方位や化学組成、さらには原子配列に依存して多様な物性をもちます。したがいまして粒界の特長を最大限引き出した多結晶材料を創成するためには、物質ごとに粒界の結晶学的性質と原子配列、粒界局所の物性を、有機的に理解する必要があります。

    当研究室では、理論計算を用いて上記の課題に取り組んでいます。図1に示す酸化マグネシウムを対象とした第一原理格子動力学法による研究では、粒界による振動エントロピー変化と粒界自由エネルギーは個々の粒界に強く依存しており、結果として粒界どうしの熱力学的安定性は温度に応じて変化することを明らかにしました。本研究成果は、有限温度下の多結晶組織を理解する上で、基礎となる知見であるといえます。また最近では、DFT計算結果を学習させた機械学習型原子間ポテンシャルを構築し、粒界の原子配列と局所的な物性を高精度・高速で予測する取り組みも進めています(図2)。シリコン粒界の研究では、経験的原子間ポテンシャルでは予測困難だった、ダングリングボンドをもつ粒界や高温下の粒界における系のエネルギーと原子にかかる力を、高精度で予測できる原子間ポテンシャルの構築に成功しました。またその原子間ポテンシャルを分子シミュレーションと統合することで、DFT計算に比べて3桁以上高速で粒界の計算が可能となりました。

    図1(a) DFT計算により得られた回転軸や傾角に依存した粒界構造と、(b) [001]回転軸の粒界における粒界自由エネルギーの温度依存性個々の粒界によって原子の配位数や結合長が異なっており、その違いに起因して振動エントロピー変化(右図中の直線の傾き)も粒界によって様々な値をとることが示された。
    図2 人工ニューラルネットワーク(ANN)を利用した原子間ポテンシャル点欠陥や表面、粒界といった格子欠陥を含む計算セルを学習データとして、DFT計算から得られる系のエネルギーと原子にかかる力をANNに学習させた。そして構造緩和や分子動力学法といった分子シミュレーションと統合した。
    主な発表論文
  • S. Fujii, T. Yokoi, M. Yoshiya, Atomistic mechanisms of thermal transport across symmetric tilt grain boundaries in MgO, Acta Mater. 171 (2019) 154-162.
  • T. Yokoi, Y. Arakawa, K. Ikawa, A. Nakamura, K. Matsunaga, Dependence of excess vibrational entropies on grain boundary structures in MgO: a first-principles lattice dynamics, Phys. Rev. Mater. 4 (2020) 026002.
  • T. Yokoi, Y. Noda, A. Nakamura, K. Matsunaga, Neural-network interatomic potential for grain boundary structures and their energetics in silicon, Phys. Rev. Mater. 4 (2020) 014605.
  • J. Wei, T. Ogawa, B. Feng, T. Yokoi, R. Ishikawa, A. Kuwabara, K. Matsunaga, N. Shibata, Y. Ikuhara, Direct measurement of electronic band structures at oxide grain boundaries, Nano Lett. (2020) accepted.